2016年

6月

13日

森の心通信 第60号   2016/6/13

想定外―その後の考察(その二)

 

 実は、私の専門である砂防事業や治山事業で扱う大規模崩壊や土石流は、豪雨の際には毎年のように発生するので想定内の災害と思われています。しかし、被災する場所が山腹の狭い範囲や一つの渓流の下流部(あるいは小さい沢の出口)など局所的であるうえ、その候補地となりうる危険地区はある程度予測されていますが、具体的な一つの豪雨や地震の際にすべての危険地区が被災するわけではなく、そのどこかが被災するわけで、現在の防災科学では実際に被災する地区は特定できません。したがって、実際に被災した住民にとっては想定外になるのです。被災した人は必ず「この場所は今まで崩れたことがない」などというようなことを話します。

 彼らの経験は高々二、三世代の間の経験でしかありません。ある特定の山腹や渓流において大規模崩壊や土石流が発生するのは数百年あるいは数千年に一度という程度です。したがって、普段から防災を意識していない多くの人々にとって土砂災害のほとんどは想定外の災害になっています。このような状況から砂防や治山の世界では以前から警戒・避難の重要性を強調してきました。

 3.11の東日本大震災で私たちは想定外の災害を経験し、現代の防災科学技術に限界があることを思い知らされて「減災」の思想を学びました。しかし、その後も想定外は続いています。その主な要因は高々半世紀程度の地球科学の知識と土木技術に全面的に頼ってきたためです。

 想定外が起こる要因はほかにもあります。一つは地球温暖化などによる気候変動によって想定外の気象現象が起こる可能性があることです。もう一つは私たちの社会の変化、特に開発あるいは土地放棄などのよる土地利用の変化です。これらにより想定はより難しくなると思います。したがって、土砂災害、洪水氾濫、津波などのほか、火山災害、豪雪、高潮、竜巻なども含めて、想定外を意識した「防災施設と警戒・避難」が今後の方針となるでしょう。

 ところで、警戒・避難に関しては日本人が自然との固いつながりの中で暮らしていた時代の経験に学ぶべきだと思います。たった半世紀の科学技術のみに頼るからいけなかったのかもしれません。私たちと自然との付き合いは2000年を超えます。その間の知見を積み重ねた経験こそ50年間の科学技術より確実な部分があるかもしれません。私たちはその経験を生かして多重防御を進めるべきでしょう。

 なお、日本人の誰もがどこにいても被災する恐れがあり、瞬時の判断を必要とする地震(の直接の振動)災害への警戒は普段からの備えと避難訓練による危険回避法のスキルアップしかないと思います。

 

太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)

 

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2016年

6月

13日

森の心通信 第59号   2016/6/13

想定外―その後の考察(その一)

 

 熊本地震の実像が少し見えてきました。地震発生の当初は中央構造線断層帯に属している(とみられていた)日奈久断層帯と布田川断層帯で横ずれ型地震が連動して起こったとされましたが、その後別府-島原地溝帯内でも正断層型地震が続発したことから、一連の熊本地震には同地溝帯も関係しているとして同地溝帯も含めた地下構造に注目が集まっています。熊本地震のメカニズムの詳細な解析は地震学者に任せるとしても、大きな地震が一つ起こるとその震源の周辺にかかる力が変化して他の地震を誘発することがあります。その場合前号で推測したように、本震(一連の地震では前震)の後にさらに大きな本震に襲われることもありうると確認されました。

 前号ではこのことを「地震発生に関する想定外の事態」と表現しましたが、自然災害では想定外の事態がよく起こります。昨年発生した常総市での鬼怒川の洪水氾濫災害でも二、三、想定外の事態が起こりました。特に堤防決壊の翌日、決壊現場から10㎞も離れた常総市役所に置かれていた災害対策本部が水没したことが市民ばかりでなく関係者にとっても想定外でありました。

 ところで、想定外にもいくつかのパターンがあるように思われます。第一はこうした自然現象が科学的にまだ十分に解明されていないことでしょう。物理学や化学の物質科学に基づくものつくりの技術比べ、地球科学や生命科学にかかわる現象は複雑なので現代科学による解明はプレートテクトニクスの理論やDNA二重らせん構造の発見以降の高々半世紀ほどの経験しかありません。つまり、たった50年ほどの知識の積み重ねでしかないのです。私たちはまだ何も知らないといってもよいかもしれません。したがって、想定外の災害はこれからも起こりうるのです。警戒・避難の重要性を改めて認識せざるを得ません。

 第二は常総市の洪水氾濫のように、地域の人々が過去の経験を忘れてしまうと想定外の災害となってしまうというパターンです。この場合は地域の歴史に基づく防災教育や防災訓練で回避できるので、早急にその体制を構築することでしょう。最近国土交通省は想定しうる最大規模の降雨に基づく洪水浸水想定区域を次々に公表しています。これは地域社会が忘却した過去の経験を思い起こすのと同様の意味があるでしょう。このような想定外は皆無にする必要があると思います。(次号に続く)

 

太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)

 

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2016年

4月

21日

森の心通信 第58号   2016/4/21

また「想定外」が起こった熊本地震

 

 昨年秋以降雑事に忙殺され、森の心通信の発信をしばらくお休みしてしまいました。再開のきっかけを失っていましたが、東日本大震災から5年という節目の年にまた「想定外」の熊本地震が発生しました。人と自然とのかかわりを知りそのつながりを取り戻すという「森の心」運動の一つの目標を推進するため、半年振りにこの通信を再開させていただきます。

 まだ犠牲者の数も被害の全貌もはっきりしていない時期ですが、40人を超える犠牲者(4月17日現在)をお悔やみするとともに被害に遭われたすべての人々にお見舞い申し上げます。また、一連の地震やそれによって引き起こされた土砂崩れのメカニズムもまだマスコミが流すそれぞれの研究者の推定の範囲内の情報しか得られていません。しかし、土砂災害の研究に長年携わってきた私にとっては「私たちはまだ自然を十分に理解できていない」ことを“改めて”、と言うよりは“再三再四”実感させられているという印象です。

 今回の地震を「想定外」という根拠は、私たちばかりでなく地震学界の研究者も「本震は最初に発生するもの」と想定していたのに、気象庁が「最初の震度7の地震(マグニチュード6.5)は本震ではなく、1日遅れて発生した震度6強(マグニチュード7.3)の地震が本震であった」と発表したことです。被災者のほとんどが最初の震度7の地震の後は「余震はこれより小さいだろう」と想定していたと思います。現に気象庁もそのように解説していました。

 「本震は最初に発生するもの」という想定がなかったら、最初の強い地震の後、「もっと大きな地震が来るかもしれない」と身構えて、今回の本震による被害をもう少し小さくすることができたかもしれません。地震学も火山学も、そして地震活動や火山活動、さらに豪雨によって引き起こされる土砂災害等の防災科学もまだ十分に私たちを護ることはできないのです。私たちはこれからも「災害はこれまでと違った形で襲ってくる」と考える必要があるのでしょう。

 最後に以下は私の推定です:熊本地震は「本震は最初に発生するもの」とする“従来型”の地震が1日を置いて2つ発生したのではないか。2つの地震は接近する2つの異なる断層帯で起こった。2011年の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)は3つの従来型地震が1、2分の間隔で発生した。3つの地震はプレートの隣接する3つのブロックで起こった。それぞれ、発生の間隔が私たち人間の生活時間と比較して一連と考えられるので一つの地震と考える。その間隔が数十年以上になると別の地震と認識してしまう。どこまでを一連と考えるかで本震が決まる・・・地震学を横目で見てきた土砂災害科学の一研究者の感想です。(4月17日記)

 

太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)

 

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2015年

9月

03日

森の心通信 第57号   2015/9/3

“環境”オリンピックと森林認証制度(2)


 日本では2000年に三重県の林業家・速水亨氏がFSCの森林管理認証を取得してこの制度の存在がクローズアップされました。審査者がアメリカから出向いてきて日本の専門家と共に審査に当たった文字通りの国際認証でした。続く2001年に三菱製紙株式会社がCoC認証を取得しました。その後、日本にもFSCの運動を推進するグループが生まれ、2008年にはFSCジャパンが日本の窓口として正式に発足しました。

 一方林業界は2003年に、持続可能な森林経営を通じて森林環境の保全と循環型社会の形成を実現する制度として日本独自の森林認証制度「緑の循環認証会議SGEC」を創設しました。これは国際的な約束である違法伐採材の排除に役立ち、かつ国際的な認証制度であるFSCを意識して「国産」を強調することにより、林業界と共に国産材の利用促進運動を進める政府の方針とも一致するものです。

 こうして日本での森林認証制度の普及はFSCとSGECの両者によって進められていますが、認証林の面積は両者を併せても全森林面積の7%程度に過ぎません。そのため、認証材製品の供給体制も十分でなく、消費者がそれを求めても手元に届かないこともまだ多いのです。また森林認証制度の認知度も、先行しているFSCでも10%程度です(ヨーロッパでは70%を超える国もあります)。世界の森林を保全しながら適切に利用するためには、林業者にも消費者にも制度の普及を図っていく必要があるでしょう。

 このような状況下にあって2020年のオリンピック・パラリンピックでは環境重視の観点から認証材の利用が必須となりました。しかし、SGECはドメスティックな制度であるため国際的に認知された制度と認められないことが分かり、昨年、各国の国内認証制度の相互承認国際組織であるPEFC(森の心通信55号参照)への加盟が決まりました(国際的な相互承認であるため、国産材を差別化することは困難になると思われます。国産材の優先利用は自由貿易の観点からも難しいでしょう。国産材の利点は外材の輸入に比較して輸送距離が短く、それだけ化石燃料の消費が抑えられることです)。ともあれ、日本の森林認証制度の関係者は今東京オリンピック・パラリンピックを契機にこの制度の一層の普及を図ろうと努力しています。

 私もその一翼を担っています。繰り返しになりますが、森林認証制度は消費者が参加することによって世界の森林の保全と持続可能な利用を図ろうとする制度です。また、消費者が植林活動などに参加できなくても、ロゴマークを目安に認証材製品を購入することにより居ながらにして森林の保全に貢献できる制度です。皆様のご理解とご協力をお願いいたします。


太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


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2015年

9月

03日

森の心通信 第56号   2015/9/3

“環境”オリンピックと森林認証制度(1)


 東京オリンピック・パラリンピックの2020年開催が決まって久しぶりに関連する明るい話題が続くかと思われましたが、新国立競技場の建設ではザハ・ハディド氏の巨大で奇抜なデザインが不評のうえ、建設コストの膨張が明らかになって結局計画の見直しが決まりました。また公式エンブレムについてもクレームがつくなど、盛り上がりに欠ける状況が続いています。

 前者に関して私は、日本の指導者層に属する多くの官僚や政治家たちでさえも自然や良好な環境に関する感受性を失ってしまっている。その結果起こった不祥事であると思っています。すなわち、競技場のデザインを募集する段階で示された設計条件が巨大で豪華な競技場造りにつながる条件ばかりで、現地(神宮外苑)が日本の風致地区第1号に指定された場所であることを明示しなかった、あるいは意識的に無視した文科省・JSCの姿勢に問題があったように思います。

 風致地区とは大正8年に制定された都市計画法において都市内外の自然美を維持保存するために創設された制度で、指定地区では建築物の高さや樹木の伐採に一定の制限が加えられます。神宮外苑は明治天皇の業績を顕彰するために神宮内苑や表参道、裏参道と一体で整備された環境・景観の優れた地域です。この条件が示されていれば、ザハ・ハディド氏であってももう少し違ったデザインを提案したのではないかと思います。

 オリンピックはロンドン大会以来、すでに環境オリンピック、コンパクト・オリンピックの方向に進んでいると思います。特にロンドンオリンピックでは環境重視が強く打ち出され、その流れはソチ、リオデジャネイロと続いています。したがって、東京オリンピック・パラリンピックでも環境そして防災を重視することが決まっていたはずです。しかし、関係者や政治家は現在も従前のハコモノ重視・巨大遺産造りの思想から抜け出せていないように思います。

 

 ところで、前号で紹介した森林認証制度がこの東京オリンピック・パラリンピックの準備に深く関わることになってきました。すなわち、「環境」を重視したロンドン大会で使用された木材のほとんどがFSC森林認証材であったことが分かったのです。東京大会で大いに国産材を利用してもらおうと考えていた林野庁や林業界も「森林認証制度」を強く意識するようになりました。

 

太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)

 

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2015年

7月

24日

森の心通信 第55号   2015/7/24

森林認証制度とは(2)


 実際の森林認証制度は森林管理・木材生産の認証と、加工・流通過程の認証の2つの制度から成り立っています。前者の「森林管理認証」では“生物多様性の保全や希少な動植物の保護など森林の環境保全機能に配慮し、先住民や労働者の権利の保護や地域社会の利益にかない、且つ経済的にも持続可能な形で”森林管理・木材生産が行われているかどうかを審査します。また、後者の「CoC(Chain-of-Custody)認証」では、“その木材を原料として加工→流通→販売する過程で他の木材(非認証材)と混ざらない形で”消費者に届けているかどうかを審査します。そして最終製品にはFSCのロゴマークをつけて他と区別し、それを消費者に買っていただくわけです。

 実は、森林認証制度はFSCによるものだけではありません。FSCの成立後、各国にはその国独自の認証制度を実施する組織が立ち上がりました。さらにそれら各国の組織を相互承認する国際組織PEFCも生まれました。現在、世界の森林認証制度はFSCとPEFCの二大組織によって担われています。

 FSC(森林管理協議会)は最初に森林認証制度を立ち上げ、統一した唯一の基準で世界各国の森林の適切な管理を推進しようとする会員制の非政府組織です。認証の基準や審査の指針、その他のルール、システム等を決めるのは会員ですが、会員には誰でもなれます。そして、会員は環境、社会、経済の分科会のどれかに所属し、さらに各分科会会員はそれぞれ南(途上国)・北(先進国)2グループに区分されて、総会等での採決の際は6グループが平等に扱われる“バランスの取れた体制”が確立されています。このような組織づくりの公平性や議論や文書をすべて公開する透明性はFSCの森林認証制度が世界中で信頼されている根拠になっています。

 この制度の中核となる森林管理基準は、水質の保護や貴重な原生林での新たな伐採の禁止、自然林の消失の回避、危険性の高い薬品の使用禁止など広範に渡ります。また、私有林に対しても公有林に対しても同様に、その森林の管理者には地元のコミュニティーに関与し、先住民の慣習法を保護することを要求しています。さらに、認証審査やその後の年次監査の結果は公表されるなど、FSC独特のシステムが採用されています。

 なお、実際の認証審査や監査はFSCが認定した第三者の認証機関(実際には企業)によって、FSCの基準や指標に従って行われます。

 以上、森林認証制度の概要を紹介致しました。次回は森林認証制度について、日本での普及の状況など、制度の現状をもう少し述べてみたいと思います。


太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


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2015年

7月

24日

森の心通信 第54号   2015/7/24

森林認証制度とは(1)

 

 今回は現代版“人と森のかかわり”の一例として「森林認証制度」を紹介してみます。

 第二次世界大戦後の世界は、資本主義経済の発展、科学技術の発達、地下資源利用の促進などにより先進国で開発や建設が進みました。そのため代表的な地上資源である木材の需要も増加し、森林、特に熱帯林の伐採が進み、その影響が地球環境問題として認識されるようになりました。

 建築材や家具材としておもに熱帯材を利用していたヨーロッパの消費者はこの状況に危機感を抱き、自分たちが熱帯林破壊の加害者になることを避けるため、熱帯材の不買運動を展開するとともに、持続可能で適切な木材生産が行われている森林から出荷される木材の利用を望む声が高まりました。そこで木材関連企業はそれぞれ自社の潔白を証明する環境ラベルを発行するようになり、多くのラベルが氾濫しました。そのため、消費者にとってはどの環境ラベルが信用できるのかわからなくなってしまいました。

 そこで、WWFなどの環境NGOが中核となって、適切な木材生産が行われているかどうかを評価する客観的で公平な制度を立ち上げる必要性が議論され、1992年の地球サミットの翌年、環境NGO、林業者、木材取引業者、先住民団体などが参加してFSC(森林管理協議会Forest

stewardship council)という民間の国際組織が発足しました。この制度、すなわち「森林認証制度」の目的は「世界中の森林が、生態系、社会、経済の面で私たちの権利とニーズを満たし、それが将来の世代へも欠くことなく受け継がれていくこと」ですが、実際には持続可能で適切な森林管理を行っている森林から生産された木材のみを利用して製品化し、それを消費者が利用することによって、違法伐採材などを使った製品を市場から締め出し、結果的に世界の森林を保全しようという制度です。

 このように、森林認証制度とは、一言で言えば「適切な森林管理を全世界で推進すること」ですが、森林管理が適切に行われているかどうかは、専門家でなければ判断でません。また、通常、消費者は手元の木製品がそのような森林から産出された木材から加工されたものかどうかを知るすべがありません。そこで第三者の専門家によって森林管理がチェックされ、木材製品の加工・流通過程がチェックされ、消費される段階でその製品が他と区別されてラベリングされている必要があります。

 すなわち、独立した第三者が森林管理、木材等の加工、その流通のプロセスをある基準に照らしてそれを満たしているかどうかを評価・認証することにより、認証された森林から産出され、加工・流通されていく木材・木製品に独自のロゴマークを付して消費者に届け、 それを選んでくれる消費者の協力を得て目的を達成しようとするものです。


太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


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2015年

6月

29日

森の心通信 第53号   2015/6/29

生態系サービスと森林の原理(2)


 つまり、森林と人間の関係に関する「森林の原理」を尊重して森林を整備し、管理、利用すれば、森林の多面的機能を持続的に発揮させることができると言えます。換言すれば、持続可能な森林の利用とは「森林の原理」を尊重して森林を利用することになると思います。

 サブ原理の一つ「環境原理」に関係する具体的な森林の機能としては、水源涵養機能、国土保全機能、地球温暖化防止機能などのほか、最も重要な機能として生物多様性保全機能が挙げられます。また「文化原理」に関係する機能としては保健・レクリエーション機能や“木の文化”などと言われる機能が挙げられます。「物質利用原理」に関わる機能の代表はもちろん木材生産機能ですが、しいたけなどの林産物を生産する機能も含まれます。

 ところで2004年に国連は生態系サービスを調節サービス、文化サービス、供給サービス、基盤サービスに4区分して具体的なサービスの内容を例示しました。これを森林生態系に当てはめると、前3者はまさに環境原理、文化原理、物質利用原理に対応します。生態系サービスでは植物の光合成や動物の送粉作用、物質循環などを基盤サービスとしていますが、私は、それらは生態系自身の内的作用であるため、一部を除いて健全な生態系が成立するための要件そのものであり、外的な多面的機能を発揮させるための要件だと思っています。

 さて、現代の日本人に林業が素直に受け入れられていない理由の一つとして、森林を伐採すると森林の貴重な動植物が失われ、山崩れや洪水を引き起こすなど自然環境に悪影響を及ぼすと思われていることがあるのではないでしょうか。そこで、森林を伐採してもこのようなことが起こらない保障があれば安心して木材を利用することができそうです。つまり、林業の現場で上述の持続可能な森林の管理、すなわち森林の原理を尊重した管理がなされていれば良いわけです。そうすれば森林の多面的機能あるいは生態系サービスが持続的に発揮されていきます。

 実は林業の現場で持続可能な森林管理が行われているかどうか、適切な林業が行われているかどうかを第三者の専門家がチェックしてその結果を社会に公表している「森林認証制度」という社会システムがあります。このシステムが広く社会に行き渡ってうまく機能すれば安心して木材を利用することができるようになるでしょう。次回はこの「森林認証制度」を紹介します。


太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


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2015年

6月

29日

森の心通信 第52号   2015/6/29

生態系サービスと森林の原理(1)


 私たちと森や自然との関係を具体的に考えていく最初は、やはり私が長く関わってきた現代の森林管理の問題から始めたいと思います。

 このような問題を考えるとき、最近しばしば耳にするのが「生態系サービス」という言葉です。それは健全な生態系が私たち人類にとって不可欠であることを強調するために使われています。そして、地球の生態系がいつまでも健全であるためにはその生物多様性が保全されなければならないという文脈になっています。しかし森林に関して言えば、生態系サービスという言葉以前に日本には「森林の多面的機能」という言葉がありました。こちらも具体的に言えば、生態系の一種である森林が私たちに木材などの物質を提供し、安らぎを感じさせ、また水や環境を保全するなど多様な恩恵を与えてくれることを表す言葉です。

 2001年に森林の管理に関する新しい基本法が約40年ぶりに制定されました。この法律で「森林整備の目的は、森林の有する多面的機能を持続的に発揮させること」とされました。そして、日本の森林の多面的機能の価値を評価する仕事が日本学術会議に要請されました。その年の末に同会議が公表した答申には“森林と人間の関係”の基本を示す「森林の原理」が説明されています。

 地球上で最も重要な生態系の一つと言える森林は、地形、地質、気候と共に地球、特に日本の自然環境を構成する要素の一つであって、森林の消失や劣化が自然のバランスを崩し災害を引き起こすことからもわかるように、自然環境を保全し、日本人の暮らしの土台を支えています。しかも森林は、すでに述べましたように、約3億5千万年前から陸上に存在して地球環境と生物の進化に影響を及ぼし、現在の地球の自然環境を創りあげたばかりか、人類をも創りあげました。したがって、森林と私たちの関係の第一としてその環境保全の機能を挙げることができます。答申はこのことを森林の「環境原理」と表現しました。

 そして、これもすでに述べてきましたように、日本人は縄文時代だけでなく、稲作が伝来して以降も森林を材料資源として、燃料として、また里地里山システムの中で農用資源として目いっぱい利用し、その文化にも影響を及ぼしました。答申はこの日本人の文化に及ぼした森林の影響を「文化原理」としました。

 ところが一方で、森林や自然を酷使した結果、特に人口が増加した江戸時代以降、土砂災害や洪水が頻発しました。つまり、森林は使いすぎると環境原理が損なわれ、一方で環境原理を重視すれば使えません。森林はこの利用と保全のトレード・オフの関係を意識した上で利用する必要があることを「物質利用原理」としました。そして、環境原理、文化原理、物質利用原理のいわば“サブ原理”をまとめて「森林の原理」と称しました。

 

太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


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2015年

4月

17日

森の心通信 第51号   2015/4/17

これまでのまとめとこれからの方針

 

 おかげさまで森の心通信はこれまでに50号を超えました。その中で私は森や自然と私たちとのつながりを考えるうえで必要なことを少しずつ述べてきました。話はあちこち飛びましたが、私が一番重視したのはやはり持続可能な社会の中での森や自然と私たちとの関係でした。それを考えるため、無謀とは思いつつも森林科学の立場から現代文明を分析し、地球環境問題の顕在化は地下資源を利用して達成した現代の科学技術文明が一方で地球の進化に逆行する行為となっているとの結論に達しました(この分析は少なくとも地球環境問題の深刻さを理解して頂く上での啓蒙的意味は持っていると自負しています)。

 したがって、私たちは人類の営みと自然環境とを持続可能な方向に共進化させる必要があります。具体的には低炭素社会あるいは循環型社会を実現させるような自然共生社会の形成を目指すことになると思います。私はこの立場に立って私たちと森や自然との関係を考えていこうと思っています。

 話が一段落しましたので、上記以外でこれまで述べてきた内容を整理しておきます。まず、現在日本の森林資源は充実しているという事実を紹介しました。森林の量は日本の森林が最も劣化していたと思われる明治時代中期に比べると実に4倍程度に達しています。かつて日本では森が劣化していた時代が300年以上も続いていたのです。

 次にその時代に人々は森や自然を極めて合理的に利用していたという事実を紹介しました。先人たちは自然の森を作り変えることにより目いっぱい利用してきたのです。つまり、日本の森は私たちに役に立つように作り変えられた森なのです。その時代に先人たちはどのように暮らしていたのか、そしてどのように森を回復させたのかはこれからもおいおい紹介していきます。自然共生社会形成の参考になる点もあると思います。

 そのほか、一括して農林業と呼ばれることが多い農業と林業との差異や自然災害について少し述べました。また、前述の現代文明の考察に関連して新しい発見が続く地球史の概要を紹介しました。

 以上のように、日本の森や自然についてこれまであまり知られていない事実をいくつか述べてきました。皆さんと一緒に考える道具がかなり揃いましたので、これからは現実に起こっている問題も採り上げたいと思います。しかし、森が回復してきた影響で過去半世紀の間に自然環境や国土環境が大きく変貌しています。この間の都市環境の変貌は良く知られていますが、国土環境の変貌はほとんど知られていません。また、自然災害が多発する日本の国土や社会の特徴ももう少し掘り下げて分析する必要があります。森の心通信では私はその辺りを紹介しながら現実の問題を考えていこうと思います。

 

太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


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2015年

4月

17日

森の心通信 第50号   2015/4/17

日本人はもっと森を使うべきである

―持続可能な社会における日本人の役割として

 

 年度末でしばらくご無沙汰いたしましたが、森の心通信を続けます。

 NPO法人「森の心」での私の役割は、現代社会で途切れてしまった日本人と森や自然とのつながりをもう一度取り戻し自然共生社会を形成するために必要な情報を提供することでした(第14号・第25号)。そしてこれまでに現代の森や自然の実態の一部、私たち日本人と森林・自然との関わりの歴史の一部などを述べてきました。それぞれまだ断片的にしかお伝えしていませんが、日本人が如何に上手に森や自然を利用して暮らしてきたかはお分かりいただけたかと思います。

 また昨秋からは、私たちと森や自然とのつながりが途切れてしまった原因である現代文明すなわち現代の地下資源利用社会の営みについて森林科学の立場から分析し、人類による地下資源の利用は46億年に及ぶ地球環境の進化の方向に逆行していること、持続可能な社会では地上資源、厳密には“現太陽エネルギー”資源を利用する必要があることを述べてきました。この部分は地球温暖化問題の本質は何か、その解決が如何に重要かを啓蒙する材料になると私は考えています。昨年発表されたIPCC第5次評価報告書で採り上げられたゼロカーボン政策の中でCCS(二酸化炭素を回収して地下に貯留する)付き化石エネルギー利用だけは例外とされたのは、二酸化炭素を排出させないからという意味だけではなく、「地下」が地球環境の外側であることを暗示していると解釈できます。

 

 いま2000年以上にわたって稲作農耕“森林”民族として社会や文化を発展させてきた私たちのかつての暮らし方を思い起こし、一方で上述した現代文明の本質的な弱点を考え合わせれば、持続可能な社会での日本人の使命が自ずと明らかになるでしょう。つまり、現太陽エネルギー資源である森林や自然を適切に利用し、出来る限り地下資源に頼らない社会を築くことだと思います。

 別の表現を使えば、出来る限り地域資源を利用することとも言えるでしょう。「里山資本主義」はそのことを勧めているのだと思います。私の関わった分野に関して言えば、現太陽エネルギーの貯蔵庫が森林であり、日本の森の量は100年前に比べると4倍程度に増加していて資源量は豊富と言えます。日本は森の最も豊かな国の一つです。森の少ない国で森を使うことは困難です。日本の森を適切に使うことこそ森があり森を使って生きてきた日本人の持続可能な人類社会における使命だと思っています。このことが第33号で「現代社会においても日本人は日本の森をもっとうまく利用すべき」と述べたことの真意です。

 

太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


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2015年

2月

09日

森の心通信 第49号   2015/2/9

持続可能な社会(2)

人類と地球環境系の共進化を


 私は、2003年の日本学術会議対外報告「真の循環型社会を求めて」を取りまとめるにあたり、このことを基本理念としました。当時は「循環型社会形成推進基本法」が2000年に成立したあとでしたのでこのようなタイトルになりましたが、現在なら「持続可能な社会を求めて」というタイトルになったと思います。そして、前号のように考えると、近代以降、人類は何をしてきたのか、なぜ低炭素社会の構築が必要なのか、なぜ再生可能エネルギーの利用が不可欠なのか、生物多様性保全を犯している主犯は何なのか等が総合的に見通せると思います。少なくとも、単に地球温暖化の原因は大気中の温室効果ガスの増加なのだからこれを減らせば良いとか、生物多様性保全のためには絶滅危惧種を保護すれば良い、生息環境の汚染や破壊を止めれば良いと言う説明よりも本質的であると思います。

 ここで蛇足ながら2つコメントしておきます。まず、持続可能な社会では出来る限り地下資源の利用を減らし、地上資源すなわち太陽エネルギーを使うべきだとしてきました。しかし、化石燃料は数億年~数千万年前の“古太陽エネルギー”が光合成によって固定されたものを起源としています。したがって、厳密には“現太陽エネルギー”を利用することだと言うべきでしょう。具体的には、水力、風力、波力、潮汐力、さらには太陽熱の直接利用(温水器など)、近年普及が進んでいる太陽光発電等のいわゆる自然エネルギー利用と、農産物、木材、あるいはそれらを原料としたバイオマスエネルギー利用です。木材の生産には時には100年程度の時間をかけることもありますが、人類が持続可能であるためには、これらを含めた現太陽エネルギーに依存する社会を再構築する必要があるわけです。

 最後に、これまでの考察から地下資源は数十億年にわたる地球史の過程で地下に蓄積され、地球表面でのプレート・テクトニクス運動による大陸移動(地殻変動)によって現在の位置に(偏在して)埋蔵されているものであることがわかります。仮に現在の人類がそれを利用する権利があったとしても、その権利は誰にも平等であるべきと思われます。たまたま埋蔵地の上にある国だけが権利を有するというのはおかしいかもしれません。さらに言えば、採掘できる人だけが利益を得るのもおかしいかもしれません。別に原始共産主義を推奨しているわけではありませんが、地下資源を利用することから得られる利益を人類全体に行き渡らせる努力も必要かと思います。


太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


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2015年

2月

09日

森の心通信 第48号   2015/2/9

持続可能な社会(1)

人類と地球環境系の共進化を


 物質文明とも称される現代科学技術文明は地下資源に依存する文明です。しかし第46号で述べたように、地下資源を再び地上に持ち出す行為は地球の進化に逆行する行為であり、私は、この点が現代文明の最大の弱点だと思うのです。

 ところが、地下資源の利用については、これまではその枯渇が心配されてきただけでした。時折話題になるリン鉱石やレアメタルの枯渇はさておき、人類の一番の心配の種は化石燃料の枯渇で、これまでもたびたび話題になってきました。近年シェールオイルの利用が本格化し一息ついている感がありますが、採油コストはまだ高いようです。

 一方で人類の喫緊の課題は、言うまでもなく地球温暖化の原因物質である温室効果ガス、特に二酸化炭素の排出削減です。1992年の地球サミットで締結され、京都議定書で具体化された気候変動枠組条約のCOP20では、IPCC第5次評価報告書の警告等を受けて米国や中国もようやく前向きの姿勢を示し、2015年の末にパリで開催予定のCOP21で京都議定書の次の枠組を決めることになりました。しかしながら日本では、原子力発電の取り扱いに対する意見がまとまらないため国民の合意を得たエネルギー将来計画は決まっておらず、したがって排出削減についても具体的な態度が示せず、京都議定書をリードした時のようにはいかないようです。

 地球温暖化は大気中での温室効果ガスの増加が原因なのだから、温暖化を防止するためには、その主犯である二酸化炭素の増加を阻止すれば良いという理屈は誰にでも解ります。また、より根本的には化石燃料の使用を止め、再生可能エネルギーすなわち自然エネルギーやバイオマスエネルギーを使えばよいと言われています。確かに理論的にはそれでよいのですが、再生可能エネルギーは全て地上資源であることを考えれば、それは地下資源利用から地上資源利用に切り替えることを意味しています。つまり、あの薄っぺらな空間の中の資源を使うことであり、農耕社会の時代の資源利用と同じことを意味しています。そしてこの方法は地表で生物がこれまで生き続け、物理環境と共進化してきた方法なのです。また、地球温暖化だけでなくほとんどの廃棄物問題が地下資源利用の結果であることはすでに述べました。

 そこで私は、「人類は地球環境の進化に逆行する地下資源の利用を出来る限り減らし、可能な限り地上資源を利用することにより、地球環境がこれまで進化してきた方法に沿って歩むべきである」と言ってきました。言い換えれば、「持続可能な社会を構築するためには、私たちの営みを省エネルギー、省資源かつ循環型のものにし、人類と地球環境の(持続可能な方向への)共進化を図る必要がある」と言えるのです。


太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


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2015年

1月

20日

森の心通信 第47号   2015/1/20

JAPANESE ONLY


 浦和の街の人たちは、ある悪夢からまだ覚め切れていない。Jリーグ浦和レッズの昨シーズン最終盤での大失速の悪夢である。8月から首位を突っ走り、残り3試合の時点で、一つでも勝てば8シーズンぶりの優勝という状況になり、歓喜の時の心の準備をしていた。ところが、結果は1分け2敗で、まさかのV逸であった。

 しかも、試合内容が無残で、終了間際に脆く点を取られることが多かった。特にひどかったのが、最終戦一つ前の鳥栖戦で、ロスタイムであと30秒ほど持ちこたえれば勝ちという時に、コーナーキックからポロっと入れられて引分けになってしまった。結果として、この1失点がなければ、優勝できていたのである。テレビ画面でその失点の時、浦和レッズの選手の動きが一瞬止まったように見えた。皆自分の持ち場を守るのに精一杯で、一瞬ボールを追うのを忘れてしまったかのようであった。

 現実とは思えないような大失速をした原因は何か、まず浦和レッズ自身が冷静に分析しなければならない。私の頭をある仮説がよぎる。それは、あの横断幕事件が、遠因の一つになったということはないだろうかということである。

 昨年3月8日、サポーターが埼玉スタジアムのゴール裏のコンコースに「JAPANESE ONLY」と書いた横断幕を掲げた。Jリーグは、これを人種差別的表現とみて、次のホームゲーム1試合を無観客試合にするという厳しい処分を下した。しかし、実際には、常連のサポーターがゴール裏の観客席を事実上支配し続けたいという気持から出た、少し悪ぶってみせた軽薄な行為で、明白な人種差別の意図はなかったということらしい。もともと日本には、欧米の社会の底に潜んでいるような深刻な人種差別の素地はないと思う。この横断幕事件での処分は、拙速で過剰反応だったのではなかろうか。

 企業で不祥事が起こった場合、原因の解明をしっかりやらないと、そのあとの段階の対応に腰がすわらない。その目で横断幕事件をみると、原因解明が不十分なまま、過剰反応の処分をして、世界水準に合わせようと形だけ整えて急いで幕引きを図ったような感は否めなかった。このような形にこだわりすぎた処分を無抵抗で受け入れたことが、最終盤の鳥栖戦で選手が一瞬ボールを追うのを忘れたかのようになった深層心理形成の一因ではないかなどというのは、仮説というよりは、こじつけかもしれない。いいたかったのは、この横断幕事件に限らず、世界水準の形に合わせようと急ぐフロントの対応が、選手の野性味やしなやかさを失わせるようなことになっては本末転倒であるということである。


岩渕正紀(弁護士、NPO法人森の心理事長)


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2015年

1月

16日

森の心通信 第46号   2015/1/16

現代文明は地球の進化に逆行している(2)


 前述のように整理された人類と森林の関係の中で、③の石炭という化石燃料=地下資源を使うことの意味が特に注目されます。すなわち、石炭や他の化石燃料ばかりでなく、ほとんどの地下資源は、実は地球が誕生した時点では地下には存在しませんでした。つまり、ほとんどの地下資源は、元は大気中や海中に存在した物質で、地球史の過程で地下に蓄積されたものなのです。

 例えば、セメントの原料である石灰岩は水中での化学的反応やサンゴ虫の遺体(造礁サンゴ)が起源であり、鉄鉱石はシアノバクテリアの放出酸素による海中での鉄イオンの沈殿物が地下に集積したもの(縞状鉄鉱床)です。つまり石炭以外の化石燃料も含めて、地下資源は地球史/生物進化史の過程で地下に埋められたものなのです。

 言い換えれば、あの薄っぺらな空間の中で、46億年かけて造られてきた現在のこの地球環境、あるいは38億年かけて単細胞生物(古細菌)が人類まで進化してきた現在の生物多様性、それらの形成過程で現在地下資源と言われているものを地下に封じ込めた、つまり、捨ててきたと解釈できるのです。その上で考えてみて下さい。地下(地圏/岩石圏)は薄っぺらな空間の外側です。つまり、薄っぺらな空間の現環境を形成するために空間内部の余分なものを外部に廃棄したのです。

 このようにして、地球環境は進化し、私たち生物もその中で進化してきました。それなのに産業革命以降、人類はその捨て去った地下資源をまた元の薄っぺらな空間の中へ戻しています。したがって、地下資源を利用するという行為は「地球の進化に逆行する行為」ではないかと私は思うのです。

 繰り返しになりますが、地球環境史、すなわち地表の薄っぺらな空間の歴史は、その中で生物と物理環境が共進化してきた歴史です。また、地下資源はその過程で地下に廃棄された物質が集積したものです。このような過程が展開される中で、現在の地表の環境やこれまでの生物進化、ひいては人類の出現が可能になったのではないのでしょうか。そうだとすれば、人類は地球環境という薄っぺらな空間から地下資源が取り取り払われたことに感謝すべきであるのに、再びそれを地上に戻して地球環境を破壊しているのです。このことは、地球史上でこれまで展開された生物と物理環境の共進化に逆行する行為と言えるでしょう。私は、2003年の日本学術会議にこのような解釈を提案しました。

 以上より、産業革命以降、地下資源を利用し機械化によって大量生産を可能にして発達した工業化社会、その延長上にある現代文明は本質的に地球環境の進化の方向に逆行しているという重大な弱点を持っていると結論できます。その矛盾が地球環境問題すなわち人類社会の行き詰まり問題として顕在化したと言えるでしょう。…これが私の“森林から見た”現代文明論の概要です。


太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


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2015年

1月

16日

森の心通信 第45号   2015/1/16

現代文明は地球の進化に逆行している(1)


 新年おめでとうございます。森の心通信は2年目に入りましたが、今年も引き続き、現代という時代において私たちは森林や自然とどのように関わっていけば良いのかを皆様とともに考えていきたいと思っています。本年もどうぞよろしくお願いいたします。


 21世紀の初頭、日本学術会議会員であった私は、森林の多面的機能の評価や持続可能な社会への展望がテーマとなったのを機会に、私たちと森林との関係を改めて見直してみました。その際、単に日本人と森林の関係を追うだけでなく、森林は自然環境の構成要素の一つであることから、人類の歴史よりはるかに長い森林の歴史を遡って、森林と自然環境の関係を調べることから始めました。それは、結局は森林の歴史を超えて地球の歴史そのものを調べることになりましたが、すでに述べたように、陸地に森林が成立して以降、森林と自然(地球)環境は相互に影響を及ぼし、生物の進化にも深く関わってきたことがわかりました。

 その森林に、農耕社会成立以降、人類が大きな影響を及ぼし始めたばかりか、現在ではほぼ一方的に森林を支配している状況にあります(そのしっぺ返しが森林破壊によって生じている地球環境問題です)。そこで、地球史の視点から森林と人類と地球環境の関係を整理してみました。

 まず、人類文明発祥以前の森林と地球環境との関係については、①森林は徐々に大陸の内部に拡大して地球の気候を安定させた、②森林はいく度かの大量絶滅を乗り越え、生物多様性を増大させた、③森林は炭素を固定し、それを地下に閉じ込めることによって大気中の二酸化炭素を減少させた、などと整理できます。

 一方、人類文明発祥以降、とくに、産業革命後の地球(森林)環境史については ①人類は森林面積を急速に縮小させた、②人類は、特に20世紀後半以降、生物多様性を激減させた、③人類は森林が地下に閉じ込めた石炭という化石燃料を再び地上に戻して大気中に二酸化炭素を蓄積させた、などと言えるでしょう。

 そして、このような森林に対する人類の振る舞いを地球環境史の中で整理すると、産業革命以降の人類の行為は、陸域での3億5000万年に及ぶ森林(生物)と物理的環境との共進化の方向を逆行させている行為のように思われるのです。


太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


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2014年

12月

26日

森の心通信 第44号   2014/12/26

“薄っぺらな空間”の環境変化と生物の進化


 私たちが暮らす地球表面の薄っぺらな空間は大気圏と水圏(海洋)、両者に広がる生物圏、さらに両者の底面を規定する地圏(岩石圏ともいう。地形と表層地質)から成り立っています。しかし、この空間の環境は地球史を通じて不変ではありませんでした。すでに述べたように、地球が誕生したとき生物圏は存在せず、実質的には酸素を作る光合成生物シアノバクテリアが大増殖した23億年前ごろ海の中に海洋生態系として成立しました。その後は生物活動の影響も加わって空間の環境は変化し続け、5億年近く前に生物が上陸した後、実質的には陸上に最初の森林が出現した後に陸域生態系が成立(陸域に生物圏が拡大)したのです。つまり、薄っぺらな空間の環境が変化する中で、それでも液体の水が存在し続けたおかげで生物は進化し続け、同時に空間の環境も生物の影響を受けて変化し続けました。

 その後の生物の進化は森林を中心に展開されました。裸子植物(おもに針葉樹)の最初の森林は海岸から徐々に内陸に広がり、陸域の気候を安定化させ、一方で石炭を貯蔵しました。恐竜が闊歩した時代です。その後被子植物が進化し、動物と共進化することによって生物は現在の生物多様性を獲得することになったのです。森林に棲む類人猿の中から草原に出て二足歩行する人類が進化したのはご承知のとおりです。

 その後も人類の祖先は数百万年にわたり森を頼りに生きていました。現代人の直接の祖先が11,000年前以降に農業という技術を獲得し、その後農耕社会を発達させると陸域生態系の中に農耕圏が成立するとともに人類が空間の環境に影響を及ぼし始め、さらに工業化社会を発達させて都市圏が成立するとその影響は地球規模となったのです。

 私は農耕圏と都市圏を合わせて人類圏と称し、生物圏を人類圏と森林を中心とした人類圏以外の生物圏(森林のほか、河川、湖沼、海岸などに海洋生物圏を加えたもの)に分類して地球環境や自然共生社会を考えることにしています。そして、人類と森林の関係を上述した地球史と人類史(人類文明以前→農耕社会→工業化社会)をつなげた土俵の上で分析することによって持続可能な社会の方向性が見えるように思うのです。


 秋以降、やや現実離れした話題を述べて退屈させてしまったかもしれません。しかし、人と森林や自然との新しいあり方を考える際に必要と考えて、誌面を割かせて頂きました。過去数回の話題の結論が年を越えてしまいますが、引き続きよろしくお願いいたします。

 良いお年をお迎え下さい。


太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


2014年

12月

26日

森の心通信 第43号   2014/12/26

地球環境とは地球のどこの環境でしょうか?


 私たちは何気なく「地球環境」という言葉を使っていますが、具体的には地球のどこの環境を言うのでしょうか。前号で私は「地球の環境容量」という言葉を使いましたが、どこの環境容量なのでしょうか。

 私たちは通常、大気圏の下層の対流圏と呼ばれる高さ10kmほどの空間で暮らしています。地球の半径は6,450km。100kmを1cmに縮めると、地球の形は腕をいっぱいに伸ばして黒板に描いた円で表現できますが、その時、私たちの活動空間は地球の半径のわずか600分の1の1mmです。海の中まで入れたいわゆる生物圏の厚さは約20km。それでも地球の半径のわずか300分の1の極めて“薄っぺらな空間”で、生物は活動しています。

 地球表面のこの“薄っぺらな空間”が地球環境という空間であり、地球の環境容量とはこの空間の環境容量です。すなわち、この空間の中に二酸化炭素などの廃棄物が集積しているのです。仮に地上に高さ15,000mの煙突を造り、二酸化炭素を宇宙空間に排出・拡散できたならば、地球温暖化は起こりません。実際には煙突が造れても排出された二酸化炭素は重力(地球の引力)の作用でこの空間の中に引き戻されてしまいます。だから廃棄物はこの空間の中で処理しなければならないのです。

 地球環境問題、特に二酸化炭素を中心とする廃棄物の問題がどのくらい深刻かを示す尺度にエコロジカル・フットプリントというものがあります。この尺度は私たちが暮らしていくために(例えば毎年)消費している資源量全体(廃棄物を処理するための資源も含む)を再生可能な資源量(生物生産力)と比較するもので、人類全体ではすでに地球の生物生産力の1.5倍になっているということです。しかも、人類全体が日本人の現在の暮らし方と同じ暮らし方をすると、地球2.3個分の生産力を消費することになるそうです。つまり私たち日本人の暮らし方だと、毎年地球の生物生産量の1.3倍に当たる割合で資源を食いつぶしていることになるのです。エコロジカル・フットプリントの数値を1未満に戻さないと人類は持続可能な暮らしを続けられないということですが、この数値を上げている大きな要因が二酸化炭素の排出、すなわち地下資源利用の廃棄物の増加であるということです。実際にはそこまで資源を食いつぶしていない分、“薄っぺらな空間”に廃棄物が溜まり続けているということかもしれません。

 したがって、人類の行き詰まり問題とは、この空間の中で資源が食いつぶされ、廃棄物が溜まっていくのを人類はこのままではどうすることも出来ないという問題なのです。また、環境容量とは、この空間の中の生物生産力の上限ということなのです。

 そこで、この空間の中味をもう少し詳しく調べなければなりません。


太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


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2014年

12月

19日

森の心通信 第42号   2014/12/19

工業化社会と農耕社会を比較する(2)


 一方、産業革命以降私たちは科学技術を発達させて豊かな社会を作りましたが、それは単に機械化という技術を習得しただけでなく、すでに述べたように、地下資源を利用することによって手に入れました。すなわち、鉄鉱石やセメント、石油など(食料や一部の衣料を除く)ほとんどの原材料は地下資源です。また、本質的には“原材料を加工している”に過ぎない“工業的”生産のエネルギー源も石炭・石油・天然ガス等大部分が化石燃料と呼ばれる地下資源です。つまり、地下資源によって「大量生産」が可能になったのです。したがって、現代社会は限りなく地下資源に依存した社会と言えます。

 その結果、私たち人類の活動は農耕社会に比べて飛躍的に拡大しましたが、周知のように大量の廃棄物を生み出しました。そして、それが自然が処理できる量を超えたために、大気や水、川や海や土壌を汚染し、あるいは未処理の廃棄物の山を出現させてその影響は地域を超えて地球そのものを汚染するほどに拡大したのです。これが地球環境問題といわれるものです。

 では、どうして工業化社会では大量生産が可能なのでしょうか。それは、上述したようにほとんどの原材料もエネルギー源も地下資源だからです。すなわち、農耕社会では、使われるすべての原材料・エネルギーの源は地域に降り注ぐ太陽エネルギーであって、上限が存在するのに対し、工業化社会では原料の地下資源は掘り出せばいくらでも使えるために上限がありません。また、生産の過程で投入されるエネルギーも掘り出せばいくらでも使える化石燃料を使うので、単位時間に使えるエネルギー量が決まっている太陽エネルギーに頼る必要がなく、機械化によって生産性が上がれば生産量もいくらでも上げられます。つまり、資源もエネルギーも際限なく投入可能なので、地下資源に依存した工業化社会は「“開放型”工業社会」と言われるのです。

 こうして工業化社会は無限に成長が可能な、ばら色の豊かな社会とみなされ、第二次世界大戦が終了した20世紀後半には人類は先進国を中心にまっしぐらにこの道を進むことになったのです。

 しかしながら、事はそんなにうまくは進みませんでした。まもなく各地に廃棄物による汚染が広がり、1980年代後半には地球環境問題が意識されるようになりました。中でも二酸化炭素の集積が地球温暖化を引き起こし、人類は地球の環境容量という壁にぶつかってしまったのです。

 日本学術会議は21世紀初頭の報告書で、これを人類の「行き詰まり問題」と評して早急に持続可能な社会を追求していくべきだと主張しました。


太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


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2014年

12月

19日

森の心通信 第41号   2014/12/19

工業化社会と農耕社会を比較する(1)


 森の通信第35号で私は、地球環境問題において最も深刻な問題は地球温暖化問題であり、それは地下資源の利用によって発生した廃棄物問題の一つであると述べました。周知のとおり、温暖化の原因はエネルギーとして化石燃料を大量消費したことによってその廃棄物である二酸化炭素が大気中に蓄積したためですが、見方を変えればそれは人類の営みによって地球的炭素循環(注)が変調をきたした結果とも言えます。そして、地下資源利用が原因の廃棄物問題は他にもいくつもありますが、これらはすべて「機械化システムによる(工業的)生産」という人類の営みによってもたらされたと言えるでしょう。

 この営みこそ産業革命以来の科学技術の発達と地下資源の利用によって人類に現代の豊かさをもたらした工業化社会の営み、すなわち現代科学技術文明といわれるもので、それまで1万年も続いた農耕社会に取って替わったものです。そして、工業の発達は人口を増加・集中させ、その結果として都市を発達させたので、工業化社会は都市社会へと変質していきました。もちろん農耕社会でも環境問題はありましたが、地球環境問題は発生しませんでした。そこで、農耕社会と現代の工業化社会の営み(生産と消費の仕組み)はどこが異なるのかを比較してみます。


 私たちは農耕社会の時代から必要なものを生産・加工し、それを消費して暮らしていますが、そのためには原材料と生産のためのエネルギーが必要であり、必ず廃棄物が発生します。

 光合成生産に基礎を置き、大地や川や海の自然を最大限利用して発達した農耕社会では、土と石を除く大部分の原材料は過去にその地域で生産されたものの一部(種や芋など)でした。また、生産に使われるエネルギーのほとんどは太陽エネルギーであり、加工エネルギーもすべて地域での光合成生産に基礎を置く有機物(おもに植物)でした。つまり、農耕社会は全面的に地域の地上資源と太陽エネルギーに依存した社会であって、通常「“閉鎖型”農耕社会」あるいは「自給自足社会」と言われます。

 そして、農耕社会でも廃棄物は発生しましたが、それはすべて自然の中で処理されました。そのため、大規模な廃棄物問題は起こらず、健全な炭素循環が維持されました。それでも人口の集中した地域では、おもに森林資源の枯渇により旱魃(かんばつ)や洪水氾濫、山崩れなど「災害」と呼ばれる環境問題が起こりました。


 (注)地球的炭素循環:炭素が大気、陸上植物、海洋の表層、海洋の深層などの間を循環していること


太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)


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2014年

11月

05日

森の心通信 第40号   2014/11/5

韓国とのつき合い方


 「従軍慰安婦」、この問題を正面から受け止めることができますか。

 性に関する事柄は、黙っているかこそこそ話すのが、人間の本能的反応である。ところが、韓国は、この問題を反日行動のシンボルとして、世界に向けて声高に叫んでいるので、もはや日本人として放置できない事態となっている。

 今何よりも大切なことは、問題を正面から受け止めることである。この厄介な問題は、敗戦の痛手から立ち直る時に見せた日本人の底力を知る我々60代以上の世代がいったん受け止めて、子供や孫の世代に引き継がなければならない。受け止めるといっても、肩の力を抜いて問題の正面にすくっと立てばよい。そうすれば、問題の本質が見えてくる。

 私は、韓国の法律家と若干のつき合いがあることもあって、韓国に幾分の親しみを感じている。そこで、日ごろ感じている韓国とのつき合い方を四つほどお話しさせていただく。

1 無理に仲良くしようとしない。

 韓国は、永遠の隣人である。嫌でもつき合わないわけには行かない。いうなれば、なるようになるし、なるようにしかならない仲である。お互いに無理に笑顔をつくろうなどとすると、顔がひきつって見苦しい。

2 安易に謝らない。

 日本人は、すぐ謝って事態を解決しようとする。これは、人々が森の心をもって包み合う日本の社会では、謝れば大抵の場合許されて社会から弾き出されずに済むからである。しかし、このやり方は、世界では多くの場合通用しない。自発的に謝ったということから、かえって徹底的に叩かれる。もちろん、韓国でもそうである。いわゆる河野談話の甘かった点は、事態打開のために良かれと思って、慰安婦の強制連行を謝ったと受け取れるような発言をしてしまったことにある。この日本的対応が、事態をぐじゃぐじゃにしてしまった。

3 韓国の人の激しい感情表現にはついて行かない。

 よく知られている韓国の人の感情表現の激しさには、とてもついて行けない。あの反応は、長い間の韓国の歴史が関係しているのだろうが、社会が、西欧的な理性、合理性の視点からは未成熟である一面を示しているともいえるので、あの感情表現に同感する必要は全くない。

4 個人的つき合いはそのまま続ける。

 一般に、個々の韓国の人とは気持が通じやすい。心から日本や日本人を憎んでいる人はあまりいないように感じる。個人のつき合いは、これまでどおり続けていけばよい。


岩渕正紀(弁護士、NPO法人森の心理事長)


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2014年

11月

05日

森の心通信 第39号   2014/11/5

「 道 徳 考 」


 「道徳」の授業を教科にという文部科学省の方針が示され、改善の方向が話題になっている。学校の「道徳」と社会一般でいう「道徳」の意味に微妙なニュアンスの違いを感じながら、「道徳」の必要性を実感する今日この頃である。

 「道徳」という言葉から受けるイメージやその意味の理解は人それぞれである。

 広辞苑では、「人のふみ行うべき道。ある社会で、その成員の社会に対する、あるいは成員相互の行為の善悪を判断する基準として、一般に承認されている規範の総体。法律のような外面的強制力を伴うものでなく、個人の内面的な原理。今日では、自然や文化財や技術品など、事物に対する人間のあるべき態度もここに含まれる」。大辞林では、「ある社会で、人々がそれによって善悪・正邪を判断し、正しく行為するための規範の総体。法律と違い外的強制力としてではなく、個々人の内面的原理として働くものをいい、また、宗教と異なって超越者との関係ではなく人間相互の関係を規定するものである」と示されている。

 小中学校の「道徳」は、昭和33年からスタートした。しかし、道徳の授業については今でも戸惑いや悩みを抱える教員は多い。また、道徳の授業の実施状況についても、時間数や指導内容、ねらいが正しく理解されているか危惧がある。

 教育現場では、生徒を熟知した担任が道徳の授業を行う。授業の最初に「道徳の時間を教科と同じように○○科と表現したら何科になりますか」と問いかけたことがある。多くの生徒は「人間科」「心科」「全科」「友達科」など、自分の道徳経験を踏まえた回答を返して来た。そのときに、道徳の時間は人間としての生き方や在り方を自分自身に問いかけ、よりよく生きようとする力を養う時間であると説明した。すると妙に分かったような顔で頷いたことを覚えている。

 昭和女子大学大学院教授の押谷由夫氏は、文部科学省の教科調査官時代から、「道徳の時間は、心に栄養をつけ、心を磨き、きれいな大きな心をつくっていく時間です」と提示された。また佐藤幸司氏は、ご自身の著書「道徳の授業成功の極意」で、「道徳の時間は、心の使い方を勉強する時間です」と語っている。

 週に1時間しかない授業。人間の生き方を題材に、心に焦点を当て、自分自身を見つめたり振り返ったりする時間である。勿論、教科の授業においても心にまつわる問いかけや学びはある。しかし、心そのものに焦点を当て、心の問題を本時のねらいとして設定し、考える授業は、「道徳」の時間だけである。

 次世代を教え育むことを目的とする学校教育において、道徳教育が学校教育の要と言われる所以がここにある。教科論はともかく、年間35時間、週1時間の道徳の授業を社会や学校の道徳教育全般と関わらせながら、教師も生徒も共に自己を磨き目的に適った時間にすることは、森の心を培う営みでもある。


高木 くみ子(東京家政大学附属女子中学校高等学校校長)


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2014年

10月

28日

森の心通信 第38号   2014/10/28

惑星地球に関する基本的認識(3)

 

 ところで、地球上のすべての海面が凍りついてしまうような「全球凍結」は地球史の中で少なくとも3回起こったということです。しかし生物はそのたびごとに海底の噴火口の周りなどに僅かに残った未凍結部分で生き延び、全球凍結が融けた直後には生き延びた光合成生物が爆発的に増殖し、大気中の酸素濃度も急増しました(大酸素イベント)。さらにその直後に生物は飛躍的な進化を遂げたようです。その1回目が前号で説明したシアノバクテリアの増殖~真核生物の出現という一連のイベントです。

 全球凍結は7億年前と65000万年前にも起こりました。その後に多細胞生物、さらに動物が出現し、動物は蛋白質コラーゲンを創ることによって殻や骨格を獲得し、大型化しました。コラーゲンの精製には大量の酸素が必要だったということです。

 その後の地球は化石によって昔からよく知られている古生代カンブリア紀に入ります。まず多細胞動物が爆発的に多様化し(カンブリア爆発)、現代動物門のすべてが出現しました。続くオルドビス紀の47500万年前には胞子を作る植物(コケに似た植物)が初めて上陸し、さらにデボン紀には動物も陸上に進出して陸上が生物進化の主舞台となりました。また、この紀の終わり頃には森林が成立し、続く石炭紀にはシダ植物の大森林が繁茂しました。その後の地球環境は森林の影響を受けて変化していくことになります。

 森林(陸上植物)は地中に根を張ることによって岩石の物理的風化を促進し、そこに腐植を供給することによって微生物の活動を活発にし、土壌を形成します。土壌は二酸化炭素を含んだ雨を大量に保持することができるので、土壌鉱物と二酸化炭素との化学反応は効率的に進みました。また、湿地を中心に形成された石炭紀の大森林は枯れて倒れても水中では分解されにくく、木部の主成分であるリグニンを分解する微生物もまだ存在しなかったため、地中に石炭として蓄積されました。これらの作用によって結果的に大気中の二酸化炭素が大量に消費され(その結果温室効果が弱まり)、石炭紀後期には氷河時代が到来しました。このように陸上での森林の出現は、かつて海中にシアノバクテリアが出現したときと同様に以降の地球環境を大きく変えていく要素となったのです。

 森林はこのように大気環境や土壌環境を変え、森林の拡大は気候を安定化させました。また、森林を主舞台としたその後の植物の進化は裸子植物を経て被子植物を出現させることによって生物多様性を増大させました。さらにその後の石油の生成とともに化石燃料を集積していきました。

 以上のような地球と森林の歴史の中に持続可能な社会を考えるヒントが詰まっていると私は考えています。次号以降でそれを述べてみたいと思います。

 

太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)

 

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2014年

10月

28日

森の心通信 第37号   2014/10/28

惑星地球に関する基本的認識(2)

 

 このように46億年前、マグマオーシャンが冷やされて地球に海が形成された頃の大気の大部分は二酸化炭素で、ほかは窒素と少量のアルゴンなどであり、酸素は存在しませんでした。そして、40億年前に誕生した大陸が徐々に成長し続けた地球の歴史の半分ほど(約23億年前)までの期間は、地質学的な時間スケールの炭素循環(注1)によって二酸化炭素は炭酸塩として少しずつ地殻の中に取り込まれ、大気中では窒素の割合が増加していきました。しかし22億年前頃、光合成生物の増殖によって海の中で大量の酸素が作り出されて以降、地球の環境は大きく変化することになりました。

 実は光合成をおこなう細菌は生命の誕生後まもなくから存在していました。しかし、酸素を発生させるタイプの光合成細菌(シアノバクテリア)は25億年前頃になって現れたようです。そして23億年前に起こった全球凍結(注2)の後、シアノバクテリアは急増し、創りだされた酸素は海中の鉄イオンを酸化して鉄鉱石として沈殿させると同時に海中から大気中に酸素を放出させました。

 ところが酸素は物を燃やしたり鉄を錆びさせたりするように他の物質と結びつきやすく(酸化)、特に活性酸素は生物にとって有害でした。そこで酸素が生まれた海の中で生活するためには、これを分解する酵素を持ち、酸素呼吸(好気性呼吸)ができる生物に進化する必要がありました。こうして生まれた生物が膜で覆われた細胞内に核と葉緑体とミトコンドリアを持つ「真核生物」で、現代の生物の直接の祖先でした。

 一方大気中では海中から供給された酸素の量が増したため、酸素同士が紫外線を触媒として結合し、大気の上層にオゾン層を形成しました。このオゾン層が逆に紫外線を遮断することになり、地表が生物にとって安全な場所となりました。こうして有害な紫外線を避けて海の中で活動していた生物が陸上に進出する環境が整えられたわけですが、実際の生物の上陸はずっと後になりました。

 

(注1)雨に含まれた二酸化炭素が陸地から供給された岩石の風化物と海中で化合して炭酸塩鉱物として沈殿し、さらにプレート運動によって地殻に沈み込み、やがて火山噴火や堆積岩の隆起によって再び大気中に戻ってくる。

(注2)炭素循環は常に一定ではなく、時々大気中の二酸化炭素濃度が低下する期間があり、このとき気候は寒冷化する。

 

太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)

 

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2014年

10月

28日

森の心通信 第36号   2014/10/28 

惑星地球に関する基本的認識(1)

 

 現代科学技術文明が引き起こした地球環境問題をより詳しく検討するためには、それが「地球」の問題であり、地球の過去が生み出した「地下資源」の問題であることから分かるように、私たちの星・地球とその歴史に関する基本的知識を確認しておく必要があります。と言うのは、そのような知識を提供してくれる地球惑星科学あるいは地球惑星物理学の分野は過去四半世紀の間に著しく発展したため、そのような分野にそれほど関心を持っていなかったならば勉強しなおすか、少なくとも自分の知識を再確認しておく必要があると思うからです。そこで本号を含め3回ほどで、惑星地球とその歴史について簡単に要点をまとめてみることにしました。気楽に読んで頂ければと思いますが、案外持続可能な社会の理解につながる部分もあると考えています。

 まず、地球に生命が誕生してから38億年あまりが経ち、単細胞生物が人類まで進化してきたわけですが、そのためにはこの間“液体”の水が存在し続ける必要がありました。ところが、太陽に近いところでは水は存在しても気体(水蒸気)であり、遠いところでは固体の氷です。つまり太陽から適当な距離にある“ある範囲”(“ハビタブルゾーン”といいます)でだけ生物の生存の可能性があり、太陽系の中では地球と火星だけがこの範囲に入ります(実際の惑星の表面温度にはその惑星の大気の温室効果も影響します。現在の火星は大気が薄いので液体の水はなさそうです)。しかも、太陽は1億年に1%ずつ輝きを増しています。つまり、ハビタブルゾーンは太陽系の外側に向かって移動しており、将来は地球を通過してしまうでしょう。

 一方、地球が生まれた46億年前頃の太陽は現在より30%も暗かったので当然地球はもっと寒かったはずですが、幸いなことに大気に占める二酸化炭素の割合が90%以上(現在の金星や火星の値と同じ)もあって、その強力な温室効果により液体の水(海)が存在し得たのです。しかも更に幸運なことに、地球大気中の二酸化炭素は億年単位では時代とともに減少して温室効果を弱めてきました。そのことと太陽が輝きを増してきたことがバランスして、今1気圧・15℃・二酸化炭素濃度0.04%(400ppm)の地球の大気環境が存在しているのです。その結果として常に液体の水が存在し続き、次号で説明する生物の進化が可能だったのです。地球が「奇跡の星」と呼ばれる所以です。

 そして、この間に地球の表面では大陸が成長するとともに離合集散を繰り返し、新生代第三紀と呼ばれる時代にユーラシア大陸の東の端に日本列島の骨格が生まれ、やがて大陸から切り離されて、いま温帯の太陽と雨に恵まれた私達の大地が存在しているわけです。

 

太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)

 

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2014年

9月

03日

森の心通信 第35号   2014/9/3

地球環境問題を整理すると

 

 前々号で「持続可能な社会の本質について見解を述べてみたい」などと大見得を切りました。読者には森林の研究とどんな関係があるのかと不思議に思われたでしょうが、森林の歴史を地質時代まで遡りますと地球の歴史を紐解くことになります。一方で、持続可能な社会とは地球環境問題や地下資源の枯渇問題を克服した社会の姿ですが、地球環境問題の中には森林の劣化/減少の問題があり、枯渇する地下資源の中には石炭などが含まれているように、森林の視点からも地球環境問題や地下資源問題にアプローチすることはできると思っています。

 さて、人類が「持続可能な社会」という概念を生み出さざるを得なくなった原因は、言うまでもなく前述の地球環境問題ですが、本号ではその全体像と、人類の行き詰まり問題とも言われるこの難問の克服に向けて人類が試みようとしている対処法を簡単に整理しておきます。

 20世紀の終盤になって地球環境問題がマスコミを賑わせ始めたとき、最初に耳にしたキーワードは酸性雨、オゾンホール、森林破壊、砂漠化、塩類集積などであったと思います。その後、大気汚染、海洋汚染、地球温暖化、絶滅危惧種/生物多様性などが加わりました。私はこれらの地球環境問題を大きく二つに分類してみました。

 第一は森林破壊、砂漠化、塩類集積など地表の「土地利用」の問題で、森林、特に熱帯林の破壊が代表的なものです。これらはおもに途上国での食料の増産や燃料の確保によるもので、より根本的には人口の増加が原因でしょう。第二は大気汚染、海洋汚染、地球温暖化、さらには(地域の環境問題の面が強い)河川や湖沼の汚染、土壌汚染、環境ホルモンなども含めた地下資源利用の際の「廃棄物」の問題です。そして、前者の問題も含めて最も深刻なのが、化石燃料を利用した際の廃棄物である二酸化炭素を中心とした温室効果ガスの蓄積による地球温暖化であることはもう常識になっています。そして、これらすべての地球環境問題が集約されて生物多様性の喪失問題が起こっていると言えるでしょう。

 これらの地球環境問題に対して人類は1992年にリオデジャネイロで開催されたいわゆる地球サミットでいくつかの条約を制定しました。その中で定期的に締約国会議COPが開催され、その内容が大きく報道されるのが気候変動枠組み条約(現在COP19)と生物多様性条約(現在COP13)です。つまり、地球温暖化と生物多様性の喪失が二大地球環境問題なのです。私は現代文明のエンジンとも言うべき機械化システム(科学技術)による生産とそれを駆動させる地下資源、さらにその廃棄物の問題を森林の視点から見直すことが可能であると思っています。それによって持続可能な社会の本質やそこでの人と森林・自然との新たな関係が見えてくると思います。

 

太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)

 

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2014年

8月

29日

森の心通信 第34号   2014/8/29

広島の土砂災害

 

 広島で甚大な土砂災害が発生し、犠牲者が70人を超えてしまいました。原因は経験したことのないほどの豪雨によって花崗岩の山地で多数の表層崩壊が発生し、それらが土石流となって山麓の住宅地を襲ったためでした。マスコミでは災害が激甚化した原因として、花崗岩が風化した真砂土は水を含むともろくなって、それが表層崩壊を多発させたことと、山裾まで都市化が進み土石流に直撃されたことが強調されていましたが、花崗岩山地で発生する土石流はその中に含まれる巨大な岩塊によって凄まじい破壊力を持つ点はあまり強調されていません。私はこのような土砂災害に対する防災科学を専門としてきましたので、そのあたりについて少し解説しておきます。

 話題になっている花崗岩の風化は「深層風化」と言って、他の地質に比べて深くまで風化しており、しかも岩盤がいきなり砂状になってしまうのですが、その中に未風化の部分が岩塊として残っており、風化層が崩壊すると巨大な(少し丸みを帯びた)岩塊を含んだ土石流となって流下します。したがって、その破壊力は猛烈で、しかも流下するにつれて沢底や両岸の土砂・樹木を巻き込んで進み、緩斜面上に大量の土砂を堆積させます。犠牲者を捜索する人々の映像のあちこちに巨大な岩塊が写っているのはそのためなのです。花崗岩の土石流は「石礫型土石流」とよばれ、火山地域で発生する「泥流型土石流」と区別して取り扱われるほど凄まじいものです。

 専門的な話はこれくらいにして今度の災害で私が特に危惧しているのは、被災された人々の行動です。夜中だったとは言え1時間80mmを超える豪雨が降っているのもかかわらず、就寝していた人が居たらしいのです。かつて私たちは大雨が降れば水に浸からないか、山が崩れないか、大風が吹けば何か吹き飛ばされないか、と心配したものです。一晩中木枯らしが吹いたことが翌朝の話題になりました。そして、外の天気は室内に居ても分かりました。私たちは自然に敏感に反応することによって災害を避けてきたのです。近年は機密性の高い住宅に住み、外の天気を気にせずに快適に暮らせるようになりました。良いことではあるのですが、ここでも私たちと自然とのつながりが切れてしまったように思います。

 しかし、地震や火山活動が頻繁に起こる弧状列島、台風が襲来し、前線活動が活発な温帯モンスーン地域という日本の国土の性質を考えると心配です。私たちはもっと自然を畏れ、普段から自然に対する感性を磨いておく必要があるでしょう。住んでいる場所ではどんな災害が起こり得るかを知っておく必要もあるでしょう。さらに、ゲリラ豪雨や竜巻が頻繁に発生する時代です。昼でも夜でも、どこに住んでいても、外でおかしな気配がしたら窓を開けて確かめる心がけが大切です。

 

太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)

 

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2014年

7月

23日

森の心通信 第33号   2014/7/23

森の現状―失われた森と人との絆

 

 日本の自然、特に森の現状を理解する際に考慮すべき事実として、過去の状況との比較及び里山の森を構成する森の種類とそれらの忘れられた成り立ちについて、4回にわたって述べてきました。日本人はおもに里山の森を資源として役立つように作り変え、徹底的に利用してきましたが、その結果、当然森は全体として劣化していたのです。しかし、すでに理由のいくつかは述べてきたが、日本人は半世紀ほど前から木を使わなくなり、森を利用する社会から離れてしまったのです。

 その結果、私たちに身近な森林の現状は、かつて私たちの祖先が農耕社会に役立つように変えた森、その森を放棄してしまった姿(そのため森は量的には復活している)と言えるでしょう。・・・以上が人々には「里山が荒れている」、「人工林が荒れている」というように見えるのです。これが25号で述べた①日本の森林や自然の実態です。

 現在はCSR活動などで「わたしたちは木を植えています」という声が大きいように思います。木を植える行為は良いことです。またそれを自分で経験することはもっと良いことです。さらに、木を伐ったら、あるいは自然災害によって森が失われたら、植えたほうが良いことは言うまでもありません。

 しかし、依然として減り続ける途上国の森と同様に、日本の森も減少し続けている。だから植えなければいけないと思っているとしたら、現実とはかなり異なります。繰り返しますが、このことはあまり知られていないでしょう。

 

 以上は日本の森の現状で、事実を述べたまでですが、以下は私の意見です。

 今豊かになった森をただそのまま保護し、あるいは潜在自然植生の森に戻して必要な木材は外国から輸入する。一方で(循環利用すればカーボンニュートラルな)森林資源の替わりに化石燃料を含む地下資源を使って温暖化や各種汚染を引き起している。・・・私は、いつの間にかそのようにふるまうようになった日本人の森に対する考え方は少し変えていくべきだと思っています。現代社会においても日本人は日本の森をもっとうまく利用すべきです。その理由は林業を振興すれば森林の公益的機能が発揮されるとか、山村が過疎化から救われるなどという単純な話ではありません。森を利用しなければならないもっと深刻な理由があります。さらに、森を使うことは単なる努力目標ではなく、私たちに日本人の使命だと思っています。

 しかしそのことを心底から理解していただくためには、持続可能な社会の本質を見極めることが不可欠です。これについても森と人との関係を見つめてきた私自身の見解を次回以降に述べさせて頂きます。

 

太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)

 

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2014年

7月

23日

森の心通信 第32号   2014/7/23

スギ・ヒノキの森とクヌギ・コナラの森(2)

 

 日本人が自然の森を役に立つ森に作り変えた話を続けます。

 近世に入り、人口の増加がいっそう進むと、身近な森の劣化はさらに深刻さを増します。毎日必要な燃料材や作物栽培の肥料となる落葉・下草の枯渇は死活問題です。そのため、人口の大部分を占める農民は村持ち山でこれらを奪い合い、時には留山にも侵入し、騒動(山論(さんろん)といいます)を起こしました。それを防ぐために入会(いりあい)の制度ができたのです。なにしろ木を伐り尽してしまえば、次世代の木が成長するまで待っているしかありません。

 このような状況下で最も有用な樹種がクヌギやコナラなどの落葉広葉樹でした。これらの樹種は20年もすれば伐採して使えるようになり、そのときにはドングリもたくさんできているので後継樹も育てやすく、さらに伐採後には伐り株から萌芽するものも多く、萌芽した枝を育てれば20年後にはまた伐採できます。さらに、落葉は養分に富んでいて堆肥に向いており、燃料材としても良質です。そのため、人々は常緑広葉樹の森を落葉広葉樹の森に変えていきました。典型的な里山の森です。したがって、里山に樹齢30年を越す大木などあるはずがありません。

 一方で落葉や下草が繰り返し採取されると養分豊かな土壌が失われ、落葉広葉樹も育たなくなります。そうした場所でも成長するのがマツでした。マツは常緑針葉樹ですが松の種は発芽しやすく、荒地で成長できる唯一の高木といえるのです。また、材は強靭で梁などの建築材となり、油分を多く含むので燃やすと火力が強く、落葉もよい燃料となりました。江戸時代は全国的にマツが優勢で、人々にはその力強さと冬でも落葉しないこと(常盤木=ときわぎ)が愛されました。こうして、土地がやせて他の木が育たなくなった場所は潅木やマツが点在する柴山や草山、あるいは植生がすべてなくなったはげ山となりました。平地ならば原野と呼ばれる場所です。

 結局江戸時代後期には、潜在植生としての常緑広葉樹林はスギやヒノキの人工林、クヌギやコナラの雑木林、さらにははげ山や原野になってしまったのです。これが3000万人という人口を支えた森の姿です。あるいは、森をここまで使い込んで維持できたぎりぎりの人口が3000万人だったとも言えるでしょう。当然農民の暮らしは貧しかったでしょう。それが広重や魯仙の里山、名所図会の里山、古写真に写っている里山です。

 しかし見方を変えれば、江戸時代の繁栄と文化を支えるために作りあげた、極限にまで合理化した森林の姿、自然の姿であり、人々に目いっぱい役に立っている森の姿、自然の姿とも言えましょう。当時の日本人にとって最も役に立った森がスギ・ヒノキの人工林であり、クヌギ・コナラの雑木林だったのです。

 

太田猛彦(東京大学名誉教授・森林環境学、NPO法人森の心副理事長)

 

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2014年

7月

08日

森の心通信 第31号   2014/7/8

トルコとの友好の物語(2)

~日本の窮地を命がけで救ったわけ~

 

 エルトゥールル号の遭難事故から約百年後の昭和60年、イラン・イラク戦争のただ中で、トルコが日本の窮地を救う出来事があった。

 イランの首都テヘランには世界の先進国が出資した会社が二百二十社以上あった。日本の会社も多く、家族一緒に赴任している日本人が大勢いた。この頃、テヘランの北部では、イラク機に爆撃され不安が広がっていた。

 3月18日イラク大統領サダム・フセインは「イランの上空は航行禁止区域とする。3月20日午前2時以降、イラン上空を航行する全ての飛行機は攻撃対象になる」と声明を出した。こうした状況下、日本の外務省は日本人救出用のチャーター機の手配をした。

 その頃、イランはイラクの首都バグダッドへのミサイル攻撃を開始し、多くの在住外国人は帰国の安全が保証されない状況になっていた。その上、多くの航空会社の便が欠航していた。さらに、自国民を優先して搭乗させるため日本人への席の割り当てはなく、空港に押し寄せた日本人は不安をつのらせた。

 緊急事態の中、タイムリミット前日の午前11時、「トルコ航空機の二百席を日本人に割り当てます」と現地のトルコ大使館から日本大使館に連絡をする。航空機は2便用意され、不安と心配と恐怖の中で耐えていた日本人215名はトルコ航空機でテヘランから無事脱出した。なんと、イラク軍の攻撃開始1時間前であった。アルプさんは口にしなかったが、航空機のクルーをはじめ多くのトルコ人が、危機一髪命がけで日本人を救ったことは確かである。

 エルトゥールル号の話もイラン・イラク戦争で日本人を助けてくれた話も現地ガイドのアルプさんから感動と衝撃を持って聞いた。今までも新聞やテレビ等で紹介されていたというが、歴史物語を知らずに来てしまったことへの悔いが残る。メディアはともかく、学校の授業で学んだ記憶はない。

 自己肯定感や将来への期待感がうすいといわれる現代の若者に、歴史的事実に基づいて是非とも伝えていきたい「森の心」の一つである。

 

 後日談がある。駐日トルコ大使ヤマン・バシュックット氏は「特別機を派遣した理由の一つはトルコ人の海難事故です」(平成13年5月6日産経新聞)

 時代や世代を超えて脈々と受け継いでいきたい相互信頼の絆である。

 

高木 くみ子(東京家政大学附属女子中学校高等学校校長)

 

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